【セミナー採録】 梶原昭雄さん『迷える名工のジュエリー打ち明け話』(後編)
〈第二部 作品スライドを見ながら〉
①
細工を始めて1,2年目の頃だったと思うのですが、先輩が美しいものを観ろということで、よく美術展に連れていってくれたんですね。金工の世界。ジュエリーの展示はあんまりないものですから。
(そのときの思い出から)金工の世界の中の鍛金、薄い板を使って何か表現できないだろうかと考えまして、あまり重いものは、ジュエリーなので向きませんから、これはちょっと楽しみながらつくりました。
子供のおもちゃでパタパタっていうのがありましたよね。ああいうイメージで、そんな感じのものができないかなと思いまして。
中の模様がもっとリズミカルにならないかなと思いまして、0.5mmの板を裏から叩いて、表から叩いて、透かしを開けてパールを入れて。
パールデザインコンクールに出して入選したものです。本当はパタパタと動かなくてはいけないんですが真ん中のチェーンがいうこときいてくれませんで。
でも、着けたままで、リバーシブルで。裏と表がひっくり返るようにはできました。
御木本を辞めた時、「ジュエリーノン」という会社をつくったんですが、当時はみんなやる気のある連中ばっかりで、5月の連休あたりに(コンクールの)搬入なんですが、休みが5日間くらいみんなでフルで、お祭り気分でやったですね。面白くてしょうがない。あと体力がありましたですね。普段つくっていない、思い切ったものをつくろうじゃないかというのでやりましたね。
入選しただけよかったですが。もうひとつ面白いものができました。打ち出しで叩いた原型で鋳物にして。鋳物っていったら結晶状態が大きくて模様にできるんですね。これ僕が初めてやったんじゃないかなと自負しています。たしか銀賞に入ったんじゃないかな。
辞めてからでも真珠が好きで、ずーっと真珠のコンクールは出していました。
②
赤いところは糸を巻いています。こういうシンプルなものは当時流行っていて。
下手でもいいから石留めをやってみなくちゃということでやったんですが、まるっきり上手く留まっていなくて。
真珠の留まり方は芯を立てないで、挟み込んで。こんな玉を自分たちで負担して買うというのも難しい時代でしたが、コレたしか8万円くらいしたんじゃないかな。
赤いところは糸を変えられる。違う色にできるんです。
③
①の連作で、同じような表現でブローチをつくってみようと思ってやったんですけど。ちょっと重くなっちゃいました。
④
スミレのところにふっと息をかけますと、くるくるっと回るんです。
このころ、アイデア商品がかなり普及してきたといいますか、機能というかね、色々出てきた時につくったものですね。これは裏に3mmのベアリングが入っていて、ちょっとした風で回るようになっているんですね。
こうした仕組みは自分で考えてやるしかない。でもやっぱり(自分)勝手につくったものは当たりはずれがあり、これが最高に素敵なデザインとつくりだと売れるんですが、我流、趣味の世界に入ってしまうと売れないんですね。
⑤
デコラティブ、ちょっと過飾気味ですよね。時代の背景でデザインがいろいろ変化しますよね。
(質問:立体感を出してほしいというオファーがあって、デザイン画が正面からしかなかった時は、梶原さんが背面や脇はこうだろいうと考えてつくることに?)
そうですね。基本的な肉どり(注:造形をするためにとる方法を決めること)は御木本で教わったことですが、御木本っていうのは非常に肉が大人しくて。
これは思いっきり躍動感というか、高肉にして。デザイナーの意思もあったし。
デザイナーと作り手の関係というのは、デザイナーは無から有の世界だと思いますが、それを作り手が品物にするというのは、ある意味、有から有の世界だと思いますが、一番違うのは、それを製品にした時に、つくった人はその商品の価値観を支配しちゃうわけですね。
デザイナーの意図もつくりに対してどうかというのも。最終的にまとめるのは職人ですから。そういう気持ちでやっているんだ、ということを考えてやらないといけないなと思いますね。
バブルの頃はもう本当にデザイナーが最優先で、無理なことばっかりでしたね。
だんだん付き合って長いことやっていきますと、そういうことじゃないんだというのが(相手にも)分かってきますけれども。
(質問:デザイン画にはなっているけれども、実際にはつくれないということも?)
そういうことも多かったですね。高度な作品だと、仕事を出すほうもどうやってつくったらいいか分からないんですよ。難しすぎて。
それで、こちらでどうにか考えてつくって持っていくと、後出しジャンケンで色んなクレームがきちゃう。
最終的にはホントにいいものをつくるための努力をしているということであればいいんですが、重箱の隅をほじくるようなことになると、ちょっとやってられないと。
昔は僕らが会社にいたころはもっと商品も大らかでした。仕上げ一つのことでピンホールがどうのこうのということをいう時代じゃありませんでしたしね、置かれている人たちもキリキリしてなくて。
今は採算性を高めなくては、差別化とか。
ぼくは差別化ということばは好きではないんですが、何か特長を出して自分が優位に立ちたいというのは分かるのですが、何かクオリティにこれが合っているのかな、そんなことで合っているのかな、と。
顕微鏡で見てみるとか。顕微鏡検品でないと機能的に、あとで壊れちゃうっていうなら分かりますけど、装飾部分をいちいち顕微鏡で見るほどお客さんは(その部分を)見てますかねと。
品位をあげるということは、ものすごくコストがかかるんですね。
あるメーカーの工場長に聞いたことがあるんです。工場長が検品の係に行って「お前たち検品のレベルは上げても下げてもだめだ」と言ったと。
5%検品の基準を上げたとしたら、お前たち3人は首にしなくてはいけないんだと。
コストがそれだけ高くなっちゃう、経済性が悪くなりますから。そんなことをいう人がいるんだなと聞いてびっくりしたんですが。
キビシイことを言っても、そこにいる人たちのモチベーションが上がらないですね。
コントロールタワーに誰かがいないと、誰かの価値観でこれでいいんだという、一体性がないんですね。
でも、世の中どうも全体的にそんな動きがあるようで、まずいなと思っている。
⑥
限定版で、形の変わるものとか、下のところがバネになっていて、パチンと開いてパチンと閉じるようになっている。
三角のカムが入っていて。けっこう楽しめたんですね。
ただ、開くための必然性をどうやってデザインしたらいいかと。こういう機能を優先してしまうと、やぱり限界があるんだなと思いました。
⑦
僕が好きだったデザイナーのバリエーションのひとつですね。ブローチにも単独のペンダントにもなる。上のパーツはそれだけでも使えます。
⑧
真珠のネックレスがそのまま入る、大胆だなあと。これだけでもネックレスとして使える。機能として、ひっくり返っちゃいけないとか色んな制約があるんですけど。
(質問:多機能ものをつくるときの難しさは?)
安心感が持てるように、つなぎの部分の強度とか、フックで留めるとか、それ以上開かないとか、いろいろ考えますね。単独でも、組み合わせても良いデザインになるように、作り手よりデザイナーのほうが苦労しているんじゃないかと思いますよ。
⑨
リッチに、色んな石に対応できるようにつくっている。爪を色々アレンジして使いました。
(質問:同じ原型を使うとしても、オパールは1つずつカットが違いますよね。
もし隙間ができてしまったら梶原さんのほうでどうにかしてくれというオーダーだったのでしょうか?)
そうですね。こういうところが、作り手が一番判断しなくてはいけないところだと思います。これもワックス原型でなくて、地金原型で。
僕もワックスは嫌いじゃないんですが、流れのラインとか、必然的に曲がっていてまとまるとかいうラインですと、やっぱり地金でやるほうがホントのものができるような気がして。原型は地金ですね。
⑩
炎のような飾りのところ、これは葉っぱで葉脈線が入っているんです。きれいに並行の葉脈線が。この葉脈線の曲げたところは、地金のしゃくれ肉なんですね。
しゃくれ肉の中にタガネで線を入れることもできないし、他の道具でも入れることもまず出来ないんですが、すごくきれいに入っているんです。
こういう曲げ方するのはなかなか難しいと感じる作り手の方は多いと思います。
これは、原型を銀でつくるとき、銀のパイプの内側に溝のグレーバーで模様をつけました。
ロウ付けしないで、パイプを閉じないで開いていって、ねじって、先端を尖らせてこういう形になっている。
見た目のきれいさでいうと真似できない、後加工ではぜったいに出来ない。
見た目は機械的に見えるんですけれども、色々な工夫をしてこういう形につくりました。
(レジメ)
これは形が変わっていくペンダント。真ん中の支点で開くように出来ている。
開いたときもパチンと開いて、閉じるときもパチンと閉じるんですが、2枚重ねているのでもう少し軽量化しないといけないなあというのと、開くときの必然性をデザインに取り入れるのがなかなか難しくて。
機能だけを優先するとデザインがついていかないんですね。
売れたことは売れたんですけど、まだまだやり方があったかなと。やるだけやって、やっているときは楽しみながらやっていたんですが。
他には開くと中からパッと宝石が出てくるとか、色んなことをやってきたんですが、いちばんシンプルなこのへんが商品になりました。
今は(チェーンの長さが)自由になるアジャスターがありますが、昔はないのでね、着ける位置が(個人によって)変わってしまう。もっと大きくて長いものをつくったんですが、極端につける人によって長さが変わってしまってね、そんなこともありました。
下のリングは、昔はリングペンダントみたいのがあったんですが、リングが直角に曲がってパチンときちっと、留まる。
上のマウントのほうもチェーンが腰から通るようになっていて、ペンダントにも使えるという。
だから、リングは真ん丸じゃおかしいかなということで、ちょっと変形させていますね。
返し方によってデザインがいろいろ変わっていくんですね。
上のほうは対称なものですから、どっちにひっくり返しても同じなんですが、こちらは尖がった部分を上にしたり下にしたり、指輪の空間の間隔もいろいろ変わってくるので、下のほうがやり方として面白かったですね。
(質問:細工もののジュエリーの面白さはどこにありますか?)
こういうふうに形がかわるものの楽しさがありますから、楽しい雰囲気でやっていかないと、しかめ面でやっていては面白くないですからね。大変でしたね、これつくるのは。
でも、一回こういうものをつくると、業者さんのほうからこれを使ってこういうのはできない?と言われて嬉しかったですけれども。
某皇族の正装用ジュエリー
チョーカーとブレスレット、2本になっています。2本を組上げてチョーカーになり、ヘアバンドにも帯留めにもなる。真ん中は帯留めにするパーツで。多機能にしてくれという時代なのでね、皇室も。
他にもネックレスとかイヤリングもオーダーされたのですが、わたしが手一杯で。これに3か月くらいかかってしまって。
ネックレスやイヤリングは別の方がつくられました。
僕もこうしたものはやったことがありませんでしたが、でもいろいろ駆使すればなんとかなるんじゃないかと。平面図だけしかありませんでしたので、機能ですとか、作り手が全部考えてやらなくてはいけなかった。
組み立てをする時、圧着したり合体させる時は本来は全部ネジを使ったんですね。
ところが、扱う宮内庁担当者はご年配で(ネジが)見えない。ルーペ掛けてやるんですって。だから、「道具を使わずに手でできるようにしてほしい」と。
それですごく考えちゃいました。真ん中のところはコイルスプリングを使って取り外しが簡単にできるように。
クラスプのところにピタリと合体させて、互換性を持たせるのが難しかったですね。
機械でつくるならいいんですけどね、手でつくっているから。気が遠くなるくらい大変になってしまって。
計測できるように道具からつくったりして、クラスプを掛ける相手のほうの位置を決めていって。そういう0.1mmの世界がズレるときちんと付かない(合体しない)。
でも頑張れば何とか出来ると思いました。職人はアナログでやっていますから、機械みたいに正確に、と欲求されるっていうのが厳しいんですけれども、でも何とかできまして、宮内庁もとても喜んでくれたと。
さっき言ったみたいに喜んでくれただけで十分だと思いました。
【質疑応答】
キャドのことだけちょっとわからないけど、それ以外だったらお答えできると思います。
(質問:皇室関係の商品をつくるときに気を付けないといけないこと、ふつうのジュエリーをつくるときと違いがあるのでしょうか)
梶「セキュリティの問題ですね。セキュリティをしている会社でないと、無理なんでね。大分高いものになりますので。
途中で、宮内庁の人がしょっちゅう来られる。それで、そのまま(つくっている途中のものを)持って行っちゃう。ご本人に確認いただくためにね。
せっかくこっちがノッてきているのに、そのまま1週間も戻ってこないとか。そういうことがありましたね」
(質問:⑦の作品はたとえばどれくらいの時間でできますか)
梶「これはけっこうかかりましたね。地金で原型をつくっているんですが4日くらいかけているんじゃないですか。複雑に入り組んでいて、からみが厳しいですね。下の部分。上のパーツもそうですけど。
原型が4日です。加工するのは、キャストが上がればその後はそうでもない、半日くらいでできるんですが」
(質問:形合わせはどういうふうにするのでしょうか)
梶「パーツを想定して仮につくっていくんですね。合えばそのまま使いますけれども。こういう形ならこういう形だろうと推定してつくっていくんですけれども。
ただ、合わせるのが何回やっても上手くできなくて。いつもここで止まるとかね。そういうのを当たり前に(調整して)いかなくてはいけない」
(質問:手を掛ければもっとできるというところと、制限とのなかで折り合いをどうつけられるのでしょう)
梶「単価が非常に安いと困っちゃうんですけど、でも、ある程度の折り合いをつけて、ここまでというのは思うんですね。でも、どうしてもやりすぎちゃう。
その状態で品物を納めるわけですから、金額をもう少しなんとかしてくれないかということは言うんですが、むこうもお客さんにそれは言えないということですから、お互いに痛し痒しであって。
安い値段だから手を入れないということは、昔から決してしてません。通販で2万円くらいのものをつくって出した時も、2万円は廉価品かもしれませんが、出来上がったものは特品なんですという気持ちでつくってきましたから。どうしても手を抜くということはできないんですね。
(了・ジュエリー写真:梶原昭雄さん)
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- 梶原昭雄さん『迷える名工のジュエリー打ち明け話』
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